英雄の生まれる出ところ
怪傑ウルフ。
冒険者達への依頼書で稀に見られるその名前。
正義のヒーローという呼称に惹かれたあさげはその人物を求めて世界をまわる。
しかし、これと言った手掛かりは見つからなかった。
そこであさげが考えたのはこうだった。
そうじゃ、ヒーローとは人々の希望じゃ。
希望の灯を絶やさぬために古来より物語の中に沢山のヒーローは存在しておる。
じゃからな、この怪傑ウルフというのも誰かが創り上げた架空のヒーローなのやもしれぬのじゃ。
「すっかり日暮れが近づいてしまったのう…今宵はここに泊まりじゃな」
夕方も遅く、あさげが到着したのは黄金色の小麦の里メルサンディ村。
小麦の生産とそれを使った美味しいパンで有名な土地であるが、同時に童話の里としても知られている。
特に有名なのがあさげもよく知る小さな英雄の物語だ。
だからこそ、ここに怪傑ウルフの手がかりがある可能性を求めてやってきたのである。
メルサンディ村の中央広場にはこの村の著名な童話作家である故パンパニーニ氏の代表作「小さな英雄ザンクローネ」の主人公、ザンクローネの彫像が建っており、そこではラペット爺さんがいつも子供たちに紙芝居を演じて見せている。
あさげはこの村ののどかな雰囲気が大好きだった。
ラペット
おお、あさげしゃん!
よく来なすったのう、旅の方は順調かね?
しょうかしょうか、なるほどのう…怪傑ウルフとな。
そんなヒーローが出てくるお話がないかを知りたくてここまで来たんじゃな?
わしは残念ながらわかりかねるがの、パンパニーニの隠れた遺作など探してみればあるいはヒントがあるやもしれん。
アイリしゃんに聞いてみたらどうかの?
希望は常に心の中に
アイリと言うのは童話作家パンパニーニの孫だ。
ある事件を境に、今ではその後を継ぎザンクローネの物語を完成させ童話作家として活動をはじめている。
彼女は生まれつき病弱なので夜遅くなって負担にならないうちにあさげは彼女の家をたずねた。
アイリ
そう…ですか、怪傑ウルフをお探しだったのですね。
それは大変でしたでしょう?
でも、そんなところに目を向けて歩き回るなんて、あさげさんらしいですわね、ふふっ♪
お話しますね、怪傑ウルフのこと。
結論を言えば正解だった。
怪傑ウルフとはパンパニーニが生み出したもう一人の英雄。
しかし、世には出ていない物語。
病弱で床に就いている時間が多いアイリにパンパニーニがよく語ってくれた即興のお話。
世界各地を股にかけ、困っている人に手を差し伸べる覆面のヒーロー。
それが怪傑ウルフだったのだ。
獣人ではなく、ザンクローネのような小さくとも超人的な力を持つ英雄ではないけれど、困っている人を見捨てることができない羽織ったマントに施されたオオカミの刺繍がトレードマークの怪傑ウルフと名乗るさすらい者の冒険譚。
一流の童話作家である祖父の口から語られる描写にアイリは本当に外の世界を駆けまわるような興奮を覚え、自分が病床にあることなど忘れるくらいだったという。
そう、人に夢を与えるのもヒーローなのだ。
その名前を聞き人々が心に希望を持てるのであれば、それは実在の人物である必要はない。
大魔王が倒れた今も完全な平和が訪れているわけではなく、悪人は悪人として存在し、力なき人たちが困っている。
それをアイリは知っている。
だけど、アイリには悪者をやっつける力なんて持っていない。
でも、あさげ達のような勇敢で正義の心を持った冒険者たちが数多くいることをよく知っている。
そんな人たちに困っている人の心の声を届け、希望の光を灯そうと…
はじめたのが幼いころに祖父から語り聞いた物語の主人公「怪傑ウルフ」の名で冒険者ギルドへの依頼書を出すことだったのだ。
アイリには武器を振るう力もなければ魔法を扱う力もない。
だけど、祖父から受け継いだ想像力と創造力、それを文章として書き記す能力がある。
それを使い、力あるもの達への架け橋を作ることはできる。
「ペンは剣よりも強し」である。
そして今、パンパニーニの未完の大作「小さな英雄ザンクローネ」を完結させた後…
祖父に語ってもらった記憶に自らの新しい作風を注ぎ込んでひとつの物語を書き始めているという。
その物語の名は…
アストルティア異聞録
ヒーローに会いたい! ~完~
BGM:演奏してみた世界樹の迷宮「さあ冒険をはじめたまえ」