冒険者達が送り込まれた先は…
下水道にしては割と小ぎれいで温暖であった。
おそらく、そこは温泉の排水が流れ込んでいるからということだろうが、思ったより匂いなどがきつくないのは彼らにとってはありがたかった。
『あー、こちらハカセ、聞こえるか?
君たちのサイズで考えれば指輪はかなり大きく見えるはずだ。
そうだな…首輪程度くらいには。
普段の常識を取り払って捜索にあたってくれ。
尚、生物に関しても同様だ。くれぐれも気を付けてな。』
小さくなった体に対し普段はなんともない生き物たちは恐ろしいモンスターへと変貌を遂げていた。
汚いところによくいるような昆虫はさながら「さまようよろい」のような硬さをもち、なんだかわからない羽の付いた虫どもは怪しい影のような集団を形成して襲ってくる。
普段の野外にも「さそりばち」や「キラービー」などのような昆虫が規格外のサイズを持ったがゆえに凶悪なモンスターとなっている例は多々あるが、まさにそれを逆の形で実感しているところである。
下水道がラストダンジョン…冒険者達の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。
サイズ感は伝えてあるのに関わらず、小さくなったサイズ基準で指輪サイズの光る何かを見つけてはぬか喜びをしたり、誰かが落としたらしい指輪?の化粧箱のようなものを見つけてみたり…
下水の中を右往左往。
この様子から最初は人数が多すぎるかと感じていたハカセだったが、手分けして探せる分、丁度良かったなと思い始めているのだった。
連絡を取りながらもなかなか物を見つけられず少し疲れてきた時、彼らの側を何かが駆け抜けていった!
おそらく、メイビー、ネズミであろう。
しかし、何かが変だった。
「おい、今のネズミ…鼻先に何かリングのようなものをつけていたぜ?」
指輪だ!
ネズミが指輪に鼻先を突っ込んで抜けなくなってしまったのだろう。
私は伝える『そのネズミを追ってくれ!』と。
そのネズミを追う冒険者は…ある場所へと出てしまう。
人家であった。
アズランのとある人家の台所…
そして、運悪くそこにはおばちゃんが居た。
それに気づかずネズミを追う冒険者。
ガサゴソと物音がするのに気付いたおばちゃんは彼らを見つけてしまう…が、今の彼らは小人…には見えなかった。
いくら普通の下水に比べて匂いは少ないと感じていてもドブはドブ。
探索を続けていればかなりヘドロまみれになるわけだ。
キャー!!
ネズミよ、ネズミの集団だわ!
あっち行ってー!
おばちゃんには小人がいる怪しいなどと思う余裕はなかった様子。
ヘドロにまみれた冒険者達はネズミの集団にしか映らなかったのだ。
パニックになったおばちゃんは手近にあった薪木を片手にぶんぶんと振り回し冒険者達を追い回す。
その姿、まさに「鬼こんぼう」である。
「まずい!」
「勝てる気がしない!!」
誰もがそう思っていた。
そう、今のサイズであの一撃を食らうのは「鬼こんぼう」の会心の一撃を喰らうに等しい。
当たってしまえば絶命必至。
『ハカセだ、よく聞け、戦うな!
冷静になれ、それはおばちゃんだ!!モンスターではない!
排水口に逃げてくれ!』
そうなのだ。
相手はおばちゃん。
無理して戦ってもいいことはない。
勝ったところで不審な事件が増えるだけである。
何より、おばちゃんの絶叫を聞いて件のネズミはとっくに下水道へと逃げ戻っている。
それに気づいた冒険者達も一目散にもとの下水道へと走って行った。
ネズミの痕跡を追う冒険者は行き止まりにたどり着いた。
そこには不自然に壊れた鉄格子があるのみで何もなかった…
「見失っちゃったか…」
落胆する冒険者達。
しかし、不意に何か強大な気配を感じる。
これは手ごわいモンスターに違いない…
どうするべきか逃げるか戦うか…
暗がりに浮かぶ眼光がふたつ…
敵対心を剥き出しにして向かってくる。
今のサイズで考えてもただの虫やネズミではない!
『ハカセだ、聞こえるか?
君たちの体にかかった魔法を通してこちらの指輪が強く共鳴している!
今見えているそいつは指輪を持っている!!
おそらくあのネズミを食ったんだ。そして体内に取り込んだ指輪の力で大きくなりつつある!
できれば倒して欲しい。
だが、無理だと思ったら逃げてくれ!君たちの命が最優先だ。
放っておいてもヤツはきっと巨大化に耐えられなくなり、下水道に詰まって圧死するだろう。
いいか、無理はするなよ!』
そうは言われてもここまで来て逃げ出したくないのが冒険者。
彼らは冒険者なのである。
いくら珍妙な身なりをしていても、普段はかなりふざけていても根っからの冒険者。
困っている人は見過ごせず、強敵がいると燃え上がる。
熱いハートを持った冒険者達なのだ。
このネズミを食った毒蜘蛛、もともと温泉が流れ込む栄養豊富なこの下水で規格外に成長した毒蜘蛛。
それがさらに指輪の魔力で大きくなりつつある。
そんな戦闘中にさらに強くなるようなチートモンスターを相手に冒険者達は限界以上の力を振り絞り激戦を繰り広げ…
そして勝利をおさめる。
毒蜘蛛が自らの体におきる変化についていけなくなったこともあるだろう。
しかし、冒険者達が善戦したのは間違いない。
ひとつの町の下水道で行われた小さくて、そして大きな戦い。
これは噂に聞く常闇の聖戦にも引けを取らない激戦であり、価値のある戦いだろう。
そう、私ことアーネスト・サン・ジェルマンは思うのだ。
すぐに回収に行けるようにと浴場のある宿の一室を借り切っていた私は、その部屋で冒険者達を件の指輪で元に戻す。
多少疲れてはいるようだが…全員無事なようだ。
誰一人、命を落としてもおらず大けがを負った者もいない。
そのことだけで、私は満足だった。
そして、この2つでひとつとなる指輪の片割れが戻ってきたことに心から感謝していた。
この指輪がただ、なくなっただけならそれはそれで仕方ない。
でも、どこかに流れ出て知らない誰かの手に渡ったとしよう。
そして、使い方に気づいた時、それが悪人だったらどうだろうか、巨大化の魔法。
それは凶悪なモンスターをさらに凶悪な巨大モンスターに変えることもできる。
アストルティア全土を揺るがす大惨事になったかもしれない。
だから、なんとしても取り戻したかったんだ。
今回のことは小さなことかもしれない。
でも、君たちはアストルティアを襲ったかもしれない大きな危機を未然に防いだ。
それは、かの勇者達と比べても遜色ない活躍だろう。
ゆえに、私は定められた報酬の他に…知り合いに話をして君たちの手にキーエンブレムが渡るよう…取り計らわせてもらうよ。
ありがとう。
しかし…なんだ、やはり下水道に長時間いただけはあるな…
君たちの姿をよく自分で見てくれ、ひどい汚れ、そしてにおいだな!
アッハッハッハ!!
今日は部屋を借り切ってある、まずは温泉に浸かって汚れと疲れを落としてくるといい!
洗濯物は出しておけば宿の者がやってくれるぞ、行ってこい!
こうして、ひとつの小さくて大きな冒険が幕を閉じた。
誰も知らないが、ほんの一握りの人間が知っている、アストルティアを救った勇者はここにもいることを…
~おわり~