『はっぴーた~ん♪はっぴ~た~ん♪』
意味のよくわからない歌を口ずさみながらハカセはアズラン住宅村に露店を出している素材商へとスキップしながら向かっていた。
とても楽しそうである…
何か楽しいことでもあったのだろうか、それともこれから起きるのだろうか?
【ハカセ】
ワッツ!?
私の聞き違いだろうか、もう一度言ってくれないか?
在庫がないと聞こえたんだが
ハカセは求めていた素材を買おうとして店主に声をかけ、答えを聞いてそう言った。
【素材屋】
はい、間違いありません。
現在、お客様がお求めの品物は在庫が切れているのです…
ハカセが求めている素材とは一体何のことだろう?
『いやいや、だって100Gだぞ!?
アストルティア中どこの素材屋でも手に入る錬金師にとって基本中の基本の素材、【ようせいの粉】だぞ?』
そう、ハカセが求めていたのは【ようせいの粉】ツボ、ランプの二大錬金職人にとってはなくてはならない素材なのである。
これの在庫が切れているなんて普段は考えられないことなのだ。
そして、ハカセはツボ錬金職人である。
もっとも、今回の目的はツボ錬金ではないのだが…
【素材屋】
そうですね…
ここ1~2週間ほどでしょうか、ようせいの粉の入荷がぱったりと止まってしまったんですよ…
今までこんなことは一度もなかったのに…
ただの品薄であったら錬金ギルドの本部直営の店舗に行ってみれば在庫があるかもしれませんよ?
そう話を聞いたハカセはなるほど確かに一時的な品薄などで地方の素材屋まで行きわたってないのかもしれないと、それならギルド本部の店舗なら在庫があって然るべきとレンドアへと出向いてみることにした。
港町レンドア ツボ錬金ギルド
『さすがに…ギルド本部の御膝下、ここになら売ってるだろう!
これで今月も一安心というものだ!!
ようせいの粉1万ゴールド分所望する!』
ハカセはここでなら売ってるに違いないと確信してギルドのドアを開け中へと入っていった。
ハカセだけではなく、誰でもここでなら【ようせいの粉】くらいはいつでも売っていると信じ切っているだろう。
しかし、この時ばかりはそうはいかなかった…
「そうは問屋がセールしないぞ!!」
というどこかのカビ臭い塔に住み着いている博士フレンズの名言が脳内でこだまする。
ピュアな心で疑いもせず、ゴールドを握りしめてカウンターへ向かうハカセを出迎えたのは…
まさかの、ここでも在庫切れという答えだった。
当然、ここはギルドに所属する職人がこの場で錬金できるように設備も整っている。
そこの素材屋で在庫がないというのは致命的で店舗側も頭を悩ませているようだ。
『しかし…これでは困ってしまうではないか…
【ようせいの粉】がないとあれが作れなくなってしまう!!
楽しみにしていたのに…』
ハカセの言うアレとは何か。
【ようせいの粉】これは妖精の羽ばたきによって飛び散った粉が云々とお店では説明されているが、実はそんなロマンチックなものではない。
ただの化学薬品だ。
調合量によって物質を変質させたり、その変質を定着させたりする。
錬金ギルドの技術は本来武器や防具に特殊調合した薬品を塗布することで一時的に得られる効果を永続的に保持できるよう、定着するというもので、その定着材として【ようせいの粉】を用いるわけである。
使い方によっては食品などにも応用が利くのだが…これは効果的である反面、使用量を間違ってしまうと人体にも多大な影響を及ぼすことになる。
それゆえに一般には知られていないし、誤って飲み込んでしまったりしても然程問題がないようにギルドでは一人当たりに販売できる量が規制されている。
つまり、ハカセはそう、食品に応用をしているのだ。
冒頭でアホな歌をうたっていたのを思い出して欲しい。
【ようせいの粉】微量と粉砂糖を適量調合することで絶妙なおいしさを引き出す魔法の調味料ができあがるのだ。
ハカセはこれをフェアリーシュガーと呼んでいるが、後の世でハッピーパウダーと呼ばれその製法は引き継がれていくらしい。
特に焼き菓子との相性は抜群だと言う。
このほんのり幸せな気分になれる素敵な調味料が作れないと知って落胆するハカセに素材屋の娘は話を続ける。
「そういえば…丁度ようせいの粉の入荷が止まったあたりからでしょうか?
おかしな話を耳にするようになったんです。
南レンドアの波止場で挙動不審な人物を見かけるようになったとか、人が多い場所で神隠しに合うという事件がおきはじめたとか…
関係があるとは言えませんが、タイミングが良すぎると思うんです。
神隠しの方は既に南町にある討伐本部の方でも調査は開始してると思いますが、この件も合わせて相談してみると何かわかるかもしれません。」
この話を聞いてハカセの中では何かが繋がり始めた。
おそらく、ようせいの粉を規定以上に使って人間をダメにする薬を作りだした裏社会の人間がいるのだろう。
そして、それがここレンドアを拠点として広がりを見せつつある。
多分このことは想定以上に大事だ、私一人が出しゃばってもどうしようもないだろう。
ハカセはそう思うが、ようせいの粉が手に入らなくなるのは由々しき事態だし、何より一般人に被害が出ているからには何とかしなくてはいけないことだろう。
『とりあえず、討伐依頼本部へ話して対処してもらわなくてはな…』
そう呟いてハカセは南町の方へと向かうのだった。
そのまま調査の手伝いをすることになるとは思わずに…